年表について

詳細な年表を作っていて思ったことです。

(1)鈴の拓峰での動向
どう考えても合わないんですよね。
清秀が死んでから、鈴は五日街を歩いて昇紘を訴えるのを諦め、もう五日歩いて景王直訴を諦めました。 五日かけて堯天へ行き、その日すぐに騎獣を買ったと考えたとしても、騎獣が届くのに七日、それから三日堯天にとどまって馴らし、 帰りは五日よりは早いでしょうが、最長往路と同じく五日。宿屋で三日過ごし、殊恩党に入ります。
それを、陽子と再会するまでにこなさなければなりません。
どう少なくても、一ヶ月近くかかります。

一方の陽子さん。清秀が死んだ翌日に景麒と会い、そして明郭へ行きます。景麒の使令を借りて二日(三日との箇所も)の旅、 明郭に着いてから三日歩き回り、磔刑に行き会います。街の様子はわかったから拓峰に寄って帰ると言ってるので、 翌日出発したら固継と日帰りできる位置の拓峰に寄るのは二日後でしょうか。
…………せいぜい十日かそこらってもんですよね…………
私の考える範囲では、陽子の三倍鈴は時間を過ごしてます。ありえません。
重版でどっか直ってませんか。


で、この件に関する私なりの解決策としては、
「明日から少し(明郭へ)出かけさせていただきます」とか言って翌朝行李の帯紐を結んでおきながら、 「キャー遠甫がギックリ腰にー!」とかなんかのハプニングがあったために、ものすごく出発が遅れたとか。
そうすると、景麒がかなり長い間王宮を空けてることになりますがね。


(2)舞台の年代
困ったことに。
陽子の帰還を、「月の影 影の海」発売の1992年に合わせました。
ところがですね、そうすると、泰麒が帰ってきたのが1994年になるわけです。
ですが、二学期の始業式が月曜日に行われてて、1994年の9月1日は木曜なんですわ。
9月1日が月曜になるのは1997年なんですよ。
ただ、考えるに、「魔性の子」が発売された1991年は、9月1日が日曜日なので、始業式は9月2日の月曜日になるんですよ。 ああ、これだわ……。
えーと……
今から直すの、ごっつ面倒なんで、今のまま放っとってもいいですか?

追記:直しましたよ!!
なので、「月の影 影の海」は1989年、「魔性の子」は1991年の出来事として、年表は換算してあります。